2009年07月14日
金欠病
昨日の夜、今朝の青空と日の出を予想したのだが尋常でない暑さと湿気、更に風の死んだ夜に寝たようなそうでもないような一夜を過ごした。日の出の時刻になったが今朝も日輪は見えない、風も凪たままだ。昨日の月曜日、何人かの友人知人に会った。その中の2.3人だったが「元気が無いようだけどどうした。」と声を掛けられた。自分では普段どおりだと思っているのに、そろそろ人生の渋みが出てきたかと内心嬉しかった。これからはハンフリーボガードを決め込み、背中で語れるミドルに転向するかと思っていた矢先に、別の友人が「無駄に元気な奴。」と言葉を掛けてきた。イメージが変化した原因を考えた。原因はメガネを先週の金曜日の午後、変えたのだ。淵なしメガネから淵のあるメガネに交換したのだ。眼鏡屋の女性スタッフが「このフレームが似合いますよ。」の一言が決めてだった。このメガネで今日は何が見えるのか楽しみだ。できれば真っ青な空に湧き出るような真っ白な入道雲を見たい。因みに私自身はすこぶる快調だ。ただし、懐だけは慢性的な金欠病に苦しんでいる。
2009年07月13日
フォーメーション
昨日は静岡県小山町の陸上自衛隊富士学校の式典に参列して来た。曇り空と高原の涼風に吹かれ、階段席の上部に座っている時は気分も最高だった。ところが少しでも歩き出すとスーツ姿に夏の日差しはきつく、汗がダラダラと体中を流れた。イベント自体は式典開始30分以上前から整列し、微動だにしない2千人にも及ぶ自衛官と200台を超える戦車などの車両にこれが自衛隊の雄姿だと勝手に感動した。自分の中ではこの行事で夏のスイッチが入る。後半戦に突入しすでに13日、仕事の方も後半戦のフォーメーションを早く展開しなければと気は焦るばかりだが無策のまま時間だけが経過する。気持ちは焦る。こんな時はカキ氷に限るのだがギラギラの太陽がないと氷も一寸マヌケだ。そう言えば、ここ何日も月も太陽も見ていない。天岩戸は当分開かないのかと恨めしく空を見上げる。
2009年07月09日
根生姜
ここ何日か時間的余裕が全くない。自分の思うように事が進まない。元来の自由人というか勝手気侭な性格から何かに拘束されるのを好まない。そのためにフラストレーションが蓄積する。その結果、そこから逃れようとこれもしなければ、あれも遣らなければと優先順位の低いものに手を出してますます呪縛にはまり込む。この連鎖を何処で断ち切るか、どの様に断ち切るか、仕切り直しをどうするか。後半戦が始まってまだ9日、最初からこんなに振り回されたのでは後が思い遣られる。新たなフォーメーションを組立てなければと、気持ちだけが焦る。こんな時は根生姜に味噌を付けて辛口の凛と冷やした清酒をキュッと遣ってみるか・・・
2009年07月03日
二人分
何日か前に、「夜、一緒に食事でも。」と誘われた。昨夜、待ち合わせ場所のお好み屋に集合した。女性4人と私の総勢5人だ。皆が久し振りの再会でいきなり盛り上がった。1人が「先生、お誕生日おめでとう。これ、皆からです。」と大きな包みを渡された。「ありがとう。ありがとう。」と上機嫌でリボンを解くと大きな、私が二人分包めるくらい大きなタオルだった。図柄はご存知ティンカーベル、私のお気に入りのキャラクターだ。添えられたカードにも「このティンカーベルを抱きしめて冒険の国に・・・」と書かれていた。嬉しかった。普段、彼女達の誕生日も、嗜好すら知らないのに嬉しかった。楽しい仲間達との楽しい時間は瞬間的に燃え上がって終わってしまった。でっかいティンカーベルは今朝も真丸御目々で悪戯っぽく微笑んでいた。その中の1人がアメリカンドックが好物だと言っていた。今夜はどこかでアメリカンドックを食べて昨夜の余韻に浸ってみることにするか。ティンカーベルが蛍と戯れ遊ぶ姿に出逢えるかも・・・
2009年07月02日
暑い
今朝は汗びっしょりで目覚めた。蒸し暑く不快な一夜を過ごした。鉛色の空が重く、風もまったくない。最悪な朝だ。日本特有な「梅雨」の時季、四季折々、日本の風土の特色なのだからしょうがない。道元も「春は花 夏ほととぎす秋
は月 冬雪さえてすずしかりけり 」と詠んでいる。人生、修行だとすると「蒸し暑い。」とか、「暑い。」とか愚痴が多すぎる自分に気がついた。修行が足りないのだ。今日は修行のためにカキ氷を喰らうことにする。氷を食べたときの鼻腔の痛みに耐えるのだ。断っておくが、カキ氷を食べたいのではなく、あくまでも修行なのだ。ご同輩、酢醤油にからしを溶いて流し込むトコロテンも糖蜜に浸した葛切りを捨てがたい。この季節、私の苦行は当分続きそうだ。
は月 冬雪さえてすずしかりけり 」と詠んでいる。人生、修行だとすると「蒸し暑い。」とか、「暑い。」とか愚痴が多すぎる自分に気がついた。修行が足りないのだ。今日は修行のためにカキ氷を喰らうことにする。氷を食べたときの鼻腔の痛みに耐えるのだ。断っておくが、カキ氷を食べたいのではなく、あくまでも修行なのだ。ご同輩、酢醤油にからしを溶いて流し込むトコロテンも糖蜜に浸した葛切りを捨てがたい。この季節、私の苦行は当分続きそうだ。
2009年07月01日
自己の再生
7月になった。後半戦が動き出した。昨日は半年の身の汚れを落とし後半戦を戦う儀式として「茅の輪」くぐりと大祓いの神事を受けてきた。だから、今の精神状態は至ってフレッシュだ。と、鉛色の空の下でかなり能天気だ。前半戦のサプライズは最終日にあった。昨年の10月頃から音信普通の状態になっていた女性がいる。彼女は当時仕事のこと、人間関係のことなので悩んでいた。そんなこんなの相談を受けていたのだが結果が出せないまま気がつくと音信不通の状態になっていた。その後、どうしているのかと気にはなっていたがどうにもならなかった。それが昨日、市役所をお客さんと歩いていたら駐車場のはるか遠くから満面の笑みで「先生。」と彼女は駆け寄ってきた。元気だった。自信も回復していた。「元気か。」と声を掛けた、彼女は堰を切ったよう新しい仕事のことなどを話し出した。もっと話したかったが私に同伴者がいた事もあり、「じゃあ、マタ。」とその場を離れた。話はそれだけだが、人生を諦めかけ自己破産、生活保護と自己の再生を踏み出した人と、元気はつらつとした彼女のコントラストが自分の中で交差した。複雑で理解しがたい織り色を自らの心に描いた。今度の週末に映画「剱岳・点の記」を観に行こう、42歳で逝った親友が同名の小説のファンだった。新田次郎とか剱岳とかのキーワードは私にとって彼が浮かぶ。人生いろいろだ。喜と憂が私を軸に交差する。ここからの半年はもっと優しく生きようと思った。
2009年06月29日
カーナビ
朝、玄関を出る。低い雲も最近ではお馴染みの光景だ。見送りのつもりか、病の淵から生還し痩せこけたものの毛並みも元に戻った、他所の人には吠えないお庭番のゴウも黙って見ている。「ゴウ」と声を掛けると尻尾だけ振る。何時もと同じだ。車に乗り込み、シートベルトを締め、エンジンを掛ける。まったく普段と同じ手順だ。エンジンの回転が安定したところで、爽やかな女性の声がした。「お誕生日おめでとうございます。今日の日が素晴らしい日でありますように。」と喋った。驚いた。自分でも忘れていた誕生日を彼女は知っていて、声を掛けてくれた。一寸嬉しかった。一寸元気になった思いだ。嬉しくなり、車の窓を開けて「おい、ゴウ、行ってくるぞ。」と声を掛けた。彼奴の目はキョトンとして、明らかに馬鹿にしているようだった。声の主はカーナビの女性だった。カーナビが喋っただけだった。誕生日も57回目になると嬉しくもない。何時の間にこんな歳になってしまったのか実感はないのだが、体の切れが無くなったのには寂しさを感じている。この一年、どんな生き方をすべきか考えているうちに次の誕生日が来てまた加齢する。この57年、全く進歩がなかったような気がする。
2009年06月26日
真赤
前半戦が何とか終わった。積み残した種々雑多な案件もあるが何とか終わった。前半戦を自ら評価すれば、仕事以外の忙しさが尋常ではなかった、三月ごろからその兆候が始まり、六月上旬まで肉体的にも精神的にも苦境は続いたが何とか乗り切った。お陰様でここ何日かは自分の仕事が一日中できる、これは実に楽しいと1人、ニヤニヤする。振り返ってみればここ三ヶ月ほどは丸一日全てを自分の事に使った覚えがない。後半戦は軌道修正をしながら自分自身の夢の実現に向けて駆け出してみようと思う。先ずは精神と肉体のアップから始めよう。そんな気分を応援してくれるのか、今朝の日の出は白いベールの向こう側にでっかくて力強い太陽が昇った。輪郭のない日の出も幻想的で良い。こんな清々しい気分の日には、真赤なシロップのカキ氷が美味そうだ。
2009年06月24日
オーバースティー
「ママー」とその子は駆け出した。ママも子供の名前を叫ぶように発した。二週間ほど前にママは突然その子の前から姿を消した。その日は三歳にも満たないその子が歯痛で治療を受けるためにママと一緒に歯科医に行く予定だった。歯医者は怖かった、でもママが一緒だし、ママと一緒のお出掛けが待ち遠しかった。駆け出したその子は反射的に母の胸の中に飛び込むつもりだった。ママも一瞬たりとも忘れた事のない我が子を確りと抱きしめようと常に願っていた。ママと娘は悲鳴にも近い声を上げた。狭い部屋の二人の間にはガラスの壁があり、明確に二人の直接的な接触を拒んだ。こんな光景は何度も視た。私の仕事はここから始まる。オーバースティー(在留期間超過)という犯罪を形成してるのだが、家庭環境などの情状面で何とか日本に居られないものかと考える、イラン人家族もフィリッピン家族等のケースは何とか許可された。しかし今回は両親の国籍が違う事やいろいろな要素が複雑に絡み合う。考えれば考えるほど、あの子の叫び声が脳裏を過ぎる。今朝、自宅を出る時に降っていなかった雨も、彼女らの涙の様に雨脚は強まるばかりだ。
2009年06月22日
耳なし法一
昨日、ラジオを聴いていたら「夏至」の話をしていた。一年の内で昼の時間が一番長い日とも話していた。日の出の位地が毎日北方向に移動していたが、今日が最北の地点かと見えない日の出に手を合わせる。私は梅雨のこの季節は苦手だ。なぜなら服装がだらしなくなる。気合を入れてもすぐに萎えてしまう。そんなこんなで何をしても今一ピリッとしないのがこの季節だ。今年も半分が終わった。前半戦は可もなく不可もなく、具体的な成果も上がらなかった。後半戦のシナリオを作らなければと最近の名刺の整理をしてみた。先週、業界団体の集まりで名刺交換した女性がいた。和装で近寄りがたい雰囲気を醸していたが、容姿とは想像できない気さくな語りで300人程のパーティーの中でも一目を引いていた。私も名刺を交換した。京都の人だった。交換した名刺はオフシャルなものだった。名前をインターネット調べた。出た。なんと歌舞伎界の大物達と一緒の写真があった。彼女があつらへたというクリスマス用の帯まで紹介されていた。彼女は何者かと興味はしんしんだが、それ以上の興味を持つことは辞めた。人の世はこれだから楽しい。後半戦はどんな出会いがあるのか楽しみだ。もうひとつ前半戦の中で考えさせられることがある。10日ほどまえ、ご存知「耳なし法一」の語りを聞いた。薩摩枇杷とのコラボだったが、体全体に経文を書きながら何で耳だけ書き忘れたのか、不思議な話だ。梅雨の合間にカキ氷でも食べながら考えてみることにしよう。


