2009年11月04日
出雲
今朝の月は綺麗だった。南東の空に低くデッカイ彼奴がいた。「久しぶりだっナ。元気だったか。」と心の中で呟いた。自分も元気が五体に満ちた。こんな月を何日も何ヶ月も待っていた。自分は蟹座で今年、運気はここ十年で最悪だといわれた。その通りになった。夏前から体調不調に陥り、気力も体調も過去経験したことがないほど最悪だった。こんな時は何をやっても結果は見えていた。自分自身の中で「最悪」のスパイラルが生まれていた。あえて何にも手を付けずに現象に甘んじていた。自分は蟹、この蟹は大海を泳ぐ蟹ではなく、深山のチロチロと流れる沢に住む蟹だ。だから夏は極めて弱い、月の光は大好きだが強い日差しは苦手。出雲に出かけていた神々も己の持ち場に戻ってきたのだろうか。今年も後二ヶ月を切ってしまった。少々焦る。
2009年10月21日
クールダウン
昨日、トンカツを食べようと御坂町のキッチン成田に出向いた。大事の前の「敵に勝つ」為の儀式だ。私は大事の前に行う儀式が幾つかあるがその中のひとつが「勝を喰う。」だ。その他にもいくつかの儀式があるがどれを選択するかはその日の気分次第だがなにかを行う。例えば、昨日の講演の場合は、気分を車のステレオでアップさせた。大音響で聞いた曲はディズニーの名曲をジャズにアレンジしたものでそれを聴きながらイメージトレーニングをして、気分を臨戦態勢に持ち込み、敵地に乗り込んだ。結果は聴衆が決めることだが、自分なりには80%のできで20%は多くを喋りすぎた、反省している。昨夜は玄担ぎトンカツを食べそこなった為か、クールダウンをしそこなったためか気分が高まって深夜まで眠れなかった。こんな日はしょっぱめラーメンとチャーハンが恋しい。
2009年10月20日
不定期
今月から山梨日日新聞に不定期だが広告を出している。弊社も売上の減少と収益率の低下に世間並み以上に悩んでいる。何とかそれらのマイナスを克服しようと考えた。その結果として新聞紙面への広告に行き着いた。同業他社の話を聞くとインターネットで集客力をアップさせたとか、いろいろと耳にするが弊社でもそれらに資金を投入して試してみたものの効果が全く見られなかった。毎年、かなりの金額を広告にかけているが昨年暮れ以降全く反応がない。今回の新聞紙面の不定期広告はそんなこんなの苦肉の策だ。この広告、山梨日日新聞の10/19版に掲載されているのでご覧戴きたい。今日の午後は教育関係機関で講演会がある。150人程の参加者があるという。与えられたテーマは「職場体験のマナー」だ。私はカンニングペーパの中にこの広告の話を忍ばせた。途中、場が白けそうになったらこの話を入れるつもりだ。この時間、東側の空は薔薇色に染まった。天気は下り坂だ。今日も頑張ろう。この瞬間、今日の昼ご飯はキッチン成田のトンカツに決めた。
2009年10月15日
コーポレートカラー
昨日、早朝に上京した。首都高速を走りながら正面にデッカイ真赤な太陽を見た。コカコーラのコーポレートカラーのような真紅だ。連想的に怪傑ハリマオを思い出した。主題歌「まっかな太陽 燃えている・・・」と三橋美智也が歌っていた。そんな訳で昨日は正義の味方ハリマオに気分だけなっていた。それにしてもあんなにもでかくて紅い太陽は見たことがなかった。今朝はと楽しみにしていたが曇り空に日の出は拝めない。少々、自分としては寂しいがもっともっと血潮をたぎらせなければと怠け心に言い聞かせる。こんな日はしょっぱめのレバニラ炒めが恋しい。
2009年10月13日
明けの明星
今朝は月に一度の新聞休刊日だ。自宅から事務所までの間で毎朝、新聞配達のバイクに三台程出くわす。出会わなくてもどこからかバイクのエンジン音が聞こえて来る。その音を聞くと「おじさんは今日も頑張っているナ。」とこちらも元気付けられる。事務所に配達してくれているのはおじさんだが、後の二台は青年なのかオジサンなのか男なのか女なのか判らない。早朝の静寂の中で新聞配達のバイクの音と身延線を走る列車の音は心に軽く響いて心地良い。今の季節、この時刻は漆黒の闇だ。特にドップリと曇っているこんな日は暗い。ただ、明けの明星だけが天空に低く輝く。こんな日はきっと良い事がある。
2009年10月09日
瞬間
台風一過の空模様は素晴らしかった。空気の中の散りなどが一掃され遠くの山並も輝いて見えた。更に雲の変化が激しくその様は蓄積された地上のもやもやを全て取去ったかのように素晴らしかった。やはり、大自然のページェントには計り知れない神々の力が作用しているような感動を禁じえなかった。そのためか、今朝の日の出前の空も自分が長く望んでいた情景だ。低く棚引く雲と抜けるようなデッカイ空が深いブルーの様相で日の出を待っている。吉兆の前触れと心は密かに弾む。こんな日は、きっと良い事が一杯ある。それだけで今日も頑張れる。今日の甲府の日の出は5時42分。低い雲が金色に輝きだした。この瞬間がいつもワクワクする。
2009年10月08日
1998年
昨日、葡萄を求めて知人宅を訪問した。すると「葡萄は台風が来るから切れるだけ切って出荷した。」とのこと。なるほど果樹農家は一吹きのダメージが大きいから、天候には敏感なんだと妙に感心した。不謹慎な話だが、私が幼少の頃。台風が来ると聞くと何故かワクワクしたことを思い出した。多分、身近に台風の具体的被害を経験したことがなかったのではと今はそんな心情を懐かしくも思う。そのワクワク感がいつの頃、どんな切欠で消滅してしまったのかは今は知るすべもない。ただ、台風の風と雨に明確な恐怖感を覚えたのは1998年に秋田県で行われたボーイスカウトの日本ジャンボリーに山梨県の派遣隊長として参加したときだ。会場は秋田県北部の森吉山麓高原、そこを台風が直撃した。フライシートやテントは風に煽られ山梨県から参加した約150人の小学校高学年から中学生までの安全の確保を最優先にしなければならなかったが、テントや装備品をさらわれない様に必至で声を掛けた。その時、混乱の中で頭を過ぎったのはスカウト達を出発した時の姿で親元に帰すことだった。心は震えていたが自らに「冷静に。」と「始まりがあれば終わりがある。」と言い聞かせながら一夜を過ごした。結果は1人もかすり傷ひとつ負わせることなく終わったが。約十年前の出来事だが、台風の風と雨が過ぎた記憶を蘇へさせる。
2009年10月07日
考える葦
台風が来ると言う。気候変動の影響か台風は少なくなったが、ゲリラを冠にした気象現象が頻繁に報道される。今年の十五夜もそうだったが天候が長期に渡って不順だ。すっきりと抜けるような空を最近観た覚えもない。太陽と青空がなければ今一パワーが不足する。自然児を自称する自分とすればなんともこの天気はもどかしい。雨の岩戸を誰か開いてはくれぬかと思うが、今月は神無月、八百万の神々は出雲にお集まりで、それも叶わない。この寂しさはきっとTVドラマの「水戸黄門」が終わってしまったからかも。こんな日はパワーの源、豚カツでも食べようと考える。そして、「とんかつ青柳」「高野」「とん亭」「キッチン美味小家」「とん甲」・・・何処の豚カツを喰らうかとまた悩む。もしかしたらこんな悩みを抱えている自分は平和なのかと考える。誰かが言った。「人間は考える葦である。」と。
2009年10月05日
コロッケ
今朝、窓を開けるとひんやりとした空気が流れ込んできた。秋もかなり深みを帯びてきた。先日の仲秋の名月は見逃してしまった。後で、満月を愛でたと話を聞くと自分だけ大切なものを見逃したしまったような気分だ。先日来、何人かの知人などから「最近、ブログが更新されないが元気か。」というようなお声を掛けてもらっている。実は夏の初め頃から過去経験したことがないほど体調が崩れ、椅子に座っているのも辛いくらいだった。MRIで頭部の検査をしたが、「異常なし」とのこと。心電図は不整脈が出ていたがこちらは20代の頃から検査のたびに指摘されていたのでさほど気にもしなかった。薬も勧められたが原因がハッキリしない以上服用することもできずに、近所の整骨院で症状を話し、スパイラルテープなどの施術を受けた。何週間かしてその効果は出てきて今は快調そのものだ。体調が回復すると、気力も復活してきたのはいいが、失った約2ヵ月のダメージは想像以上に大きくて今はその回復に全力を挙げている状況だ。そんなこんなの近況で断続的な掲載はもう少し続くと思うが、どうか見捨てないで戴きたい。私は慢性になってしまった金欠病を除けば心身ともに元気で、その証拠には昨夜食べたコロッケは人の分まで食べたほど美味かった。
2009年10月01日
熱めの燗
10月になった。神無月だ。八百万の神々が出雲の国に集まるという。この時期の出雲は大忙しだろうと勝手に思う。この時期の出雲に一度行ってみたいとも思う。久しぶりに歳時記をパラパラと眺めた。この時期はお月様の文字が溢れていた。月の美しい時期だし、夏の喧騒も火照りも遠い昔の話と忘れる頃だ。何よりススキが美しい。青白い月光に照らされた静かに風に揺れるススキの集団を見たことがある人ならその幽玄さを知っていると思う。今年は何とかその情景を観たい。太宰治は「富士には月見草が良く似合う。」と言っているが、「月にススキは良く似合う。」のだ。今夜の月は何処にあるのか今から楽しみだ。一寸熱めの燗酒をからすみを肴にチビリと遣る。最高だ。

